(前回の記事からの続きです)
移住について真剣に考え出した時、尾州産地付近(愛知県西部〜岐阜県西濃)からそれほど離れた場所には行きたくないという答えを出しました。

私は繊維の仕事を一生続けるという決意をしているので、自分が働いていた産地に近く交流が継続出来るというのも条件の一つとして挙げていました。
でも今まで引っ越しを繰り返してきた事に疲れも感じていて、自分が死ぬまで住みたいと思える場所に根付きたい、妥協したくないという気持ちも強く、なかなか希望の場所が見つかりません。

そんな中、紆余曲折を経て石徹白に再会することになります。
石徹白は当時検討していた郡上市全体の中で距離も一番遠く、住環境も一番厳しく、自分にはハードルが高いと最初は候補外としていましたが、移住アドバイザーに「あなたは石徹白がピッタリ」とズバッと言われた事をきっかけに石徹白を意識し始めました。

石徹白について調べていくにつれ、ここがいかに特殊な地域であるのかが分かり、惹き込まれていきました。
人口180人の限界集落ではあるもののそのうちの1/3が移住者で、自治にも移住者が大きく関わっており、面白い独自の取り組みも沢山行われていました。
(「石徹白 移住」で検索するとメディアが沢山出てきて取り組みが紹介されています)

保守的・排他的な田舎ではなく、移住者を歓迎してくれる体制が整っているという事は明らかで安心も出来ました。
実際に見学に行って話を聞いてみるとさらに驚きました。
私が移住したいと思う条件がすべて整っていたからです。
山が豊かで動物が住める森があること
山が近い事
冬は雪が積もる事
標高が高いこと
土地が豊かで食べ物が美味しいこと
子供が友達の家に歩いていける事
子供が外遊びに夢中になれる環境があること
昔の日本の村の様にお互い助け合えるご近所同士の交流がきちんとあること

陸の孤島とも言われるこの石徹白の独特な文化があり、それを住民が守ろうとする姿もいいなと思いました。
小学校の生徒数は18人、そのうち地元の生徒は1家族3人だけであとは全部移住者。
それでも小学校の運動会など行事ごとには地域の人々も沢山参加し、伝統の踊りを踊り、みんなで同じ釜の飯を食う、そんな姿があり、何よりも子供を見る目が皆優しく、子供を地域の宝として大切に想ってくれているのが分かりました。

私が「移住を急がなくてはいけない」と一番強く思ったのは、娘が小学校の校庭で上級生と遊んでいる時の光景を見た時でした。
上級生が携帯でXを見ていて、その画面を子供達が車座で囲んで見ていたのです。
今ではどこにでもある光景かもしれないですが、私はできるならもう少し娘を現代社会から距離をおいて守ってあげたいと思いました。
それがいい、悪い、という理屈はなく、衝動的に何か突き動かされるものがありました。

私立の学校などに行けばある程度守れるのかとは思いますが、なんとなく、私のしたい子育ては、そういう特殊な環境ではなく、いろんな属性の人・立場の人がいる社会でした。
昔の日本に生きていた訳ではないけれど、きっと昔の村の様な場所がいい、そう思っていましたが、石徹白はまさにそのイメージでした。

ずっと憧れていた土地が、自分の理想と重なった瞬間、私はもうここしかないと思えました。
そこからは即行動、検討を始めてから2ヶ月で引っ越しを終えました。
空き物件がない石徹白で、全て物事がスムーズに進んだのも全て先に移住して動いてくださっていた方々のお陰です。
ここに住める事がとても幸せですし、私も今ではそこの一員ですから、この景色がいつまでも続く様に動いていきたいと考えています。






繊維とは何も関係ない話ではありますが、いずれ私も石徹白にいるからこそできる繊維の仕事をしていけたらと思っています。
とりあえず、やっと長い長い放浪の旅が終わって、あとは根を深く、広くはっていきたい、そう思っています。
私は今はまだ小さな小さな種ですが、ここでさらに大きく成長できるように、どうぞ今後も暖かく見守っていただけたらと思います。
さて、今回の話は編み機とは関係ないですが、もっと編み機について知りたい、教室について知りたい、そして講師について知りたい!という方は無料メルマガを是非ご購読ください!
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