2026年8月末に娘と二人で岐阜県郡上市の石徹白(いとしろ)という場所に引っ越しをしました。

引っ越しの理由は、コミュニテイのブログに書いていますので読んでいただいたらと思いますが、どうして石徹白を選んだのかという話と私の現在地の話をここで書いてみようと思います。
まず私にとって石徹白はずっと憧れの場所でした。
憧れだけど、私には住めない場所と思っていた土地でもありました。

一番最初に存在を知ったのは、今から10年以上前、当時入っていた社会人山岳会の会長が白山登山について話していた際、石徹白について語った時でした。
「この石徹白っていう場所はすごいいい場所でな〜、、」とまるで桃源郷の話をする様に遠い目をして、どんなに石徹白がいい場所かを話してくれました。
内容はうる覚えですが、とにかくその時の表情から特別な場所なんだという事がわかりました。
その後、冬になると石徹白付近の山にせっせと山スキーに通っていましたが、山に夢中で石徹白の付近にいる事さえ気づいていなかったと思います。

さらに年月が経ち、当時勤めていた生地メーカーの仕事で石徹白を訪れる事になりました。
今や「石徹白って言ったら洋品店があるところ?」と言われる程、石徹白という地名を有名にした、石徹白洋品店さん。
そこに生地を卸す事になったので、社長と担当者と3人で初めて雪のない石徹白に行く事になりました。
その時に洋品店の方と建物の前で山を見ながら話をしていて、「あれ?あの斜面は冬に私が滑り降りてきたところ?こんなところに人が住んでいたんだ!」とそこでやっと山と平地が繋がったのです。

さらに洋品店さんは藍染に使う藍建の瓶を新調したと新しいワークショップ用のスペースを紹介してくれて、同世代の女性やその子供たちがワイワイと楽しそうに手仕事をされていました。
「こんなところにこんな沢山の若い人が???」
手仕事や洋服にこだわりのある若い世代が、なんでこんなにいるのだろう?一体どこからきたのだろう?一体どこに住んでいるのだろう??
とすごく不思議に思いました。
私も一緒にやりたいけど、遠すぎるし、みんな遠くから通っているの??通えるの???
疑問だらけでしたが、仕事中なので詳しく聞く事もできませんでした。

その帰りに、初めて石徹白の神社を訪れました、その時見た景色が衝撃的で今でもはっきり思い出されます。
大きな杉の木立は門の様に構え、苔むした山道を通り抜け、透き通った川を横目に見ながら進んだ先の神々しい社殿。
絵画の中に居る様な感覚でした。
なんといい場所だろう、なんと美しい景色なんだろう。ここにはきっと神様が居る・・
やっと山岳会の会長が言っていた意味が分かった瞬間でした、特別な何かがある、そう感じ石徹白を後にしました。

その後すぐに私は会社を辞め、そこから独立、移住、結婚、出産、離婚、起業、、と目まぐるしい日々を過ごしていきました。
石徹白とは全く縁がなくなり「石徹白は神様のいる山奥にある村」「憧れるけど遠くていけない場所」という感じで、長い間脳内のすみっこにそっとしまわれていました。
この続きはまた次回に・・・
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